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しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

できていないのは・・・

今日から運動会の全体練習が続く。

今日は、全校種目について。詳しい種目の内容については割愛するが、練習中、

「もっと間隔をあけて歩くぅーっ!」
「早く、ここで立つぅーっ!」
「◯組違うぅーっ!」

といった教師の叫び声が飛び交う。1回目通してみた後、教師間で、

「去年は◯◯◯だったと思うけど・・・」
「入場で◯◯◯しちゃうと△△△になっちゃうから・・・」
「◯◯先生、ここはこうして・・・」

というようなつぶやき合い(?)が始まる。

そして体育主任が、

「じゃぁー(じゃあ)、もぉーいっかぁあい(もう一回)やってみまぁあっす(やってみます)。はやぐぅ(早く)ならべぇーっ」

と、大きめの声で指示を出し、もう一度やることに。

やりながら、

「ここでぇー笛を吹くことになったのでぇー、それからたぁーっつ(立つ)。ちがぁーっうっ(違う)、そこじゃなーっい。」
「ほらぁ、笛なったよぉー、なんで聞いてないのぉー」
「砂遊びするなぁー」
「だからぁー、そこじゃなくてぇーっ・・・」

もう、何がなんだか分からない。
半分呆れながら客観的に見ていると

「もしかして1番分かってなくて、できていないのは、我々教師集団なのではないか?」

と思えてきた。教師の頭の中にイメージがあっても子どもたちは分かっていない。だから、動けるはずがない。しかも、教師のイメージもボンヤリとしているし、先生によってズレもある。その場であーだこーだ言いながら調整している。子どもたちはそれに振り回されている。しまいには、動けず怒鳴られている始末。むしろ、その都度教師の都合に合わせ動こうとしている子どもたちがいることの方がすごいのではないか?


教師にビジョンがなければ、子どもたちに伝わるはずがない。教師間でビジョンを共有していなければ、子どもたちは動けるはずがない。

それに気付かず、子どもたちを動かそうとしている(動かない子どもを責める)我々は真摯に反省しなければならない。

勇気をもって反省に書こう。。。

明日は「入場行進」かな?(それもよく分かっていない)
飛び交いそうな怒号。。。

「早くならべぇーっ」
「横をそろえるぅーっ」
「まっすぐ歩くぅーっ」
「フラフラしなぁーっい!」
「返事が聞こえなぁーっい」
「出てくる所、ちがぁーっう!」
「ちゃんと腕ふってぇーっ!」
「下むくなぁーっ!」

幾らでも思いついてしまう。全体練習前に自分も動きを確認するとともに、子どもたちにも伝えておこうと思う。

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