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教員生活 アイデア探索紀行

「アイデア満載!楽しさいっぱい!」の生活を求めるブログ

感じて動ける子どもに頼らない

教育

感じて動ける子ども

  1. 教室や廊下にゴミが落ちているのに気付き、打算なく自然と拾える子ども
  2. 先を読んで、次にすべきことを見つけ、実行できる子ども
  3. 荷物わたくさんもっている友達や教師に手を差し伸べるとともに、置き場まで整えてくれる子ども

等々。見ていて本当に気持ちがよく、とても助かっている(都合の良いところばかり見るのは悪いが)。


しかし、やはりこれも一面ばかり見ていては、集団は育たないと感じる。こんな場面があった。


私のクラスに「ゴミ出し当番」という当番がある。教室のゴミ箱がいっぱいになるのを見計らい、ゴミ庫に捨てに行き、職員室から新しいゴミ袋をもらってくることになっている。また、当番は1週間交代であり、当番の子どもによっては、ゴミの量に気付かず、満杯のままになってそのままの状態になっている時がある。

すると「感じて動ける子ども」がゴミをまとめたり、新しい袋を取りにいったりしてくれる。私にアピールするわけでもなく、当番の子どもにさりげなく「ゴミが一杯だったよ」と声をかけるだけで、何の見返りも求めていない。

こういう子どもには本当に助けられている。ただ、本当にこれで良いのだろうか?この子どもの行動は何も悪くない。むしろ、よく気付き、クラスのために動いてくれており、素晴らしい。でも、当番の子どもにとってはどうだろう?自分の仕事をしないままで済んでしまった。このままでは、今後も何も感じずに過ぎていくだろう。


集団として見たときに「感じて動ける子ども」に頼りきりにしてしまってはいけない。このような子どもの思いのよさを広めつつ、周りの子どもたちにしっかりとアプローチしなければならない。声をかけずとも「感じる」ことができるような手立てはないだろうか。そんなことを改めて考える出来事であった。


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