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しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

「怒られないために」という目的


先日「イライラするな、自分よ」で取り上げた子ども。

この子どもの思いの背景が難しい。この子どもの目的には

怒られないためにやる

というものが大きく心を占めている。

まず

  1. 「宿題はやりたくない」
  2. 「やらないと親に怒られる」
  3. 「怒られるからやる」〜1週間程経過〜
  4. 「やっぱりやりたくない、やったことにしておこう」
  5. バレる「怒られたから、やる」〜1週間程経過〜
  6. 「やっぱりやりたくない、他の方法でごまかそう」
  7. バレる

以下、その繰り返し。

この子どもは、ウソにウソを重ね、親や教師を誤魔化さないと自分を正当化できなくなってしまった。


私は、できる限り親への連絡は、良いことのみにしたいと思っている(それもなかなかできないのだが)。悪いことを伝えなければならない時は、お手紙を書くことにしている(子どもが自分から話をすることを期待して)。電話は最終手段。


ついに、昨日、この子どもの家に電話をした。今の自分の力では、この子が自分から親に話ができるよう、背中を押すことができないと実感した。

親への私からの手紙を見せたことにし、誤魔化し続けたため、そうせざるを得なかった。その言い分がだんだん苦しくなる。

  • 親が風邪をひいて書けないから、今書いている。
  • こたつの上に忘れてきた。
  • 親には「先生にウソをついたことを謝るように言われた」というように「親に伝えたことにする」というウソをついたことのウソ。

情けないが自分にはどうすることもできずに電話をした。やはり、お家の方は何も知らなかった。


「怒られないために」という目的で行動しているため、ウソをつくことでその目的は達成される。一度、そうなると後にひけず、ウソに支配されていってしまう。


「自分のために」という最終の目的のために

  1. 「どうして自分のためになるのか」
  2. 「どうしてやらなければならないのか」
  3. 「そのために自分はどうしていくのか」

といった、具体的な下位目標をもたなければ、この先も同じことを繰り返してしまうだろう。


自分はこの子にどうしてあげられるのか、正直案がない。案がない力足らずの自分はどうなるかというと結局「イライラしてしまう」

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