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教員生活 アイデア探索紀行

「アイデア満載!楽しさいっぱい!」の生活を求めるブログ

環境が変わって気付く大切なこと

教育 New idea


今、平凡な毎日を過ごしている。
昨年度まで、国立大学の附属学校に勤務していた。激務を極め、毎日やっと過ごしていた。連日、日をまたぎ、忙しい時は27時退勤が続く時もあった(ここ数年はだんだん早めの退勤をするようになってきたが)。いろいろなしきたりもあり、理不尽さを感じることも多々あった。勤務していた時は正直「早く異動したい」「なんでこんなことまで・・・」などと不満ばかり言っていた。23時ごろ他の研究室を回り、同期の仲間と愚痴をこぼしあっていた。


今年度、晴れて(?)異動した。やっと平凡な日々に戻れると正直思った。


しかし、1年近く普通の学校で勤務して、何かが足りないと感じる。なぜだろう?


前任校では、一つのことを提案するのに、かなり考えていないと「どうしてそれが必要なのか」「それじゃなきゃダメなのか、その理由はなんなのか」「教科としてどんな意味があるのか」等々、とにかく質問責め(?)にあう。とにかく、自分の考えに「思い」と「こだわり」をもっていないと何もできなくなる。しかし、何もできないでいると「どうして何もやらないんだ」とくる。また、教科等で考えが違うとこれまた厄介で「じゃあどうすればいいんだ!」と八方ふさがりになることも多かった。


じゃあ、今はどうだろう?提案すると、オッケーのときは「まあ、いいんじゃない」、ダメなときは「去年のままでいいよ」で終わる。自分の考えが何も聞かれないまま終わってしまうのだ。楽かもしれないが何だか寂しさも感じる。それに、失敗した時の責任が全て自分に降りかかってくるのだ。


考えてみると、前任校では、反対であっても自分の提案についてしっかり考えて、真っ向から向き合ってくれていたなぁと思う。それぞれが自分の考えをもち、正々堂々と戦う、そんな感じがする。だからこそ、案が通ると、みんなで一つになって動いてくれた。失敗しても学年主任や教科等主任をはじめ、みんなが支えてくれた。


夜な夜な研究室で話す日々には正直戻りたくはないが、大切なこと(つまり物事の本質)を考えることができるいい機会だったのだろう。今となれば愚痴をこぼしながらいろいろと語り合ったあの時間は、懐かしい時間であるとともに、自分自身をいつでも省みることができる大切な時間なのだろう。


今年度、自分は、楽しいアイデアを日々求め、子どもに返すことを目標にしている。前任校の先生方はまさしくアイデアの宝庫だ。教科の本質を考え、常に楽しい学校にしようと考えている彼等はやっぱりすごい。しかし、普通の学校ではやりにくいことも多いのも事実。自分は「この学校だからこそできる」楽しいことをやっていきたいなと思う。そしてそれが、真似されずとも、今の学校の先生方にも思いが伝わるとうれしい。

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