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しがない教員の学校・学級・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

ネタぎれしないのか?

生活 New idea 仕事

子どもたちは朝から『妖怪ウォッチ』を見ていた。住んでいる県では、毎週日曜日の朝にやっている。半年くらい遅れているようだ。子どもたちは大抵『妖怪ウォッチ』が始まる頃に起き出す。


毎週様々な妖怪が現れ、人間にいろいろな影響を及ぼす。今週は“ミチクサメ”。この妖怪が取り憑くと、子どもたちは学校帰りにあらゆる手段を使って道草させられる。


それにしても、毎週毎週いろいろな妖怪が出てくる。よく考えつくなと感心する。

ドラえもん』の秘密道具といい、この『妖怪ウォッチ』の妖怪といい、よくネタぎれしないなと思う。普段からこういうことを考えることが原作者や脚本家の仕事なのであろうが、仕事だろうと、やはりこのアイデア力はすごい。

我々の仕事もアイデア力が大事。授業構想や学級経営は目の前の子どもに合わせた一つだけのものでなければならない。その連続のはず。だから、アイデアを思いつくことは、原作者や脚本家とどこか通ずるものがある。

最近、私はどこかネタぎれをしている気がしてならない。年度始めはいい調子でどんどん面白そうなことをしていたのだが。。。

やはり一気にいくのではなく、少しずつ小出しにしたり、あまり飛ばしすぎないようにしたりしないと、苦しくなる。


できれば1番最初に研究授業をしたいと思っている。しかし、1番にやるとなると、単元が分数単元になりそう。ここにきてあまりアイデアが思いつかない。あと、1ヶ月以上あるにしても、繋がりを考えると今から系統的に単元間を繋げたい。しかし、アイデアが思いつかない。これが「生みの苦しみ」なのか。。。


妖怪ウォッチ』や『ドラえもん』ってすごい。何年も新しいものを生み続けている。前に「ドラえもんの道具はアイデアの宝庫」という記事を書いたが

道具の面白さもあるが、それを思いつくことに凄さがあるんだなと改めて思う。


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息子の幼稚園事情

生活 教育

今日は、息子の初めての保育参観。といっても、親と一緒に活動するということらしい。私も参加したかったが、娘が「行きたくない」というので、私は娘と留守番をすることに。


入園式後の初日こそ泣いた息子だが、幼稚園に行っても怖いことがないことが分かると、2日目からは泣かずに通っている。先生の名前を繰り返して口にしたり、幼稚園での様子を照れながらごまかしながらも話してくれたりしている。

疲れや不安はやはりあるようだが、息子なりに「幼稚園は行かなきゃならないものなんだ」という無意識の義務感を抱いているように見える。だからこそ、今日は少しグズった。私も妻も娘も休みなのになぜ自分は幼稚園に行くことに納得がいかないのか、親と一緒だからこそいつもとの違いを感じ、行きたくないのか。


息子もがんばっているんだろうな。5月で4才。もう4才、されどまだ4才。娘が4才の頃、仕事が忙しくあまり家にいられなかったため、この頃の子どもの様子があまり頭にない。

この時期を大切にしてあげたい。

帰ってきたら、誕生日のケーキの予約に行こう。


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自分時計(?)で行動する子

子どもの見取り

私が特に大事にしたいことの一つに「時間を大切にすること」がある。そのために「時間を守ること」を徹底させたいと思っている。


が、しかし、クラスの子どもをみてみると、担任して1年以上経っても、この「時間」については全然といっていいほど私の基準に達するまで育っていない。学年として(?)学校として(?)そういう傾向があり、他のクラスに比べれば、まだマシになってきたが、こんなに時間が経ってもすぐに動き出すようにならないのは初めてだ。


「のんびりしている」のとはちょっと違う気がするし「時間を守る気がない」のとも違う。形容しづらいが「自分時計」で生きているような感じがする。先のことを考え切らず、自分のこと以外頭にない。

「会議があるから早く帰るように」と言っても、さようならをした途端に友達と話し始めたり、帰りの用意を始めるそぶりすらない。それが1年間続いている。「自分は困らないから」というのがあるのか、自分たちのせいで、学校全体に迷惑をかけるということが分からない。自分は困らないから。


今日も、授業開始時刻に間に合わない。ある子どもが「時間だよ」と、大きな声で呼びかけても動き出さない。これが6年生の姿だと思うとがっかりする。前の学校では1年生でも夏休み前にはできていたのに。


これが、今の最大の課題である。課題は分かっていても、原因がまだ把握できていない。なぜ今までの学校の子どもたちはみんなすぐに時間を守れるようになったのに。時間に関する指導の仕方は変わっていないのに、今の子どもたちは時間を守れるようにならないのか。


「時は金なり」

「Time is Money.」

時間の大切さは万国共通だと思う。時間だけはお金で買えない大切なものだからこそ、今の現状を何とかしたいと思う。


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古墳見学で感じたこと

教育

今日は近場にある古墳を見学してきた。

史跡公園となっているところで、遊び場もあるため、休日に家族で遊びに行ったことがある子どもが多かった。私も何度も訪れたことがある。

しかし、訪れたことがある子が多いのに「古墳」について知っていた子どもはほとんどいない。見学の前に、社会科で古墳の学習をしても、今回訪れた史跡公園と繋がった子どもも少ない。

子どもの日頃のアンテナは、こちらが思っている以上に低いのかもしれない。旅行に行ったり、お出かけをしたりするとき、子どもたちにとっては、ただ「遊びに行く」で終わっているのかもしれない。目的は「遊びに行く」でもよいが、訪れる土地や施設などについて、何かインプットできるようにするには、やはり大人の働きかけが必要である。日頃の生活や学校で学習している内容と関連付けたり、今は施設も楽しいイベントにして開催していることも多いため、それに参加したりするなど、何か働きかけたいものだと思う。じゃないと、せっかく訪れてももったいない。


子どもたちは今年度始まった歴史学習に楽しさを感じているようだ。だからこそ、今回見学してきたことを十分に生かしていけるように仕掛けていきたいと思う。

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発達障害の疑いのある子

教育 子どもの見取り

教師は診断してはいけない。だから「あの子は発達障害だ(と思う)」といったことを言ってはいけない

しかし「もしかしたら発達障害なのではないかな」と思ってしまうことはある。どうしても思ってしまう時がある。


私が担任するクラスではないが、学年に「あやしいな」と疑ってしまう子どもがいる。朝から寝ていたり、起こすと暴れだしたり、奇声を上げて走り出したり。。。何とも難しい。診断が出ていないため、あくまでも通常の子どもとして接しなくてはならない。でも、実際はそうはいかない。通常に接していては成り立たない。どうしても特別な支援(指導)になってしまう。それに周りの子どもたちが1番それに気付いている。


担任だから、できることや分かること、信頼関係などあるが、そうでない教員は難しいし、分からないことばかりである。実際、今年来た先生は、入学式の様子を見て、気が気でなかったようだ。在校生代表として参加しているのに、ずっと寝ている。いつものことだし、起こすと暴れるのが分かっているから、周りは何もしない。


でも、周りも、その子が特別にされているので面白くないと思っている子どもがいるようだ。そりゃそうだよなと思うこともある。


今日も、廊下で、少し前の私の息子のように大泣きしていた。地団駄を踏んでいた。その横をクスクスと笑いながら通り過ぎる同級生に下級生。それを見て、改めて難しいと感じた。


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何のための学校探検?

教育 子どもの見取り

2年生の娘が1年生をつれて、今日学校探検をしたらしい。

前から「4月18日にやる」といっていた娘の話に、そもそも疑問をもっており、それこそ前から私は「本当にその日なの?やらないと思うよ」などといって、娘を疑っていた。だってこの日は『全国学力・学習状況調査』の日。6年生は大事なテストを受けているはず。でも、昨日の夜も「明日(18日)やるよ」と言っていた。


帰ってから話を聞くと、本当にやったらしい。詳しく話を聞くと、呆れて言葉がでない。。。


娘によると、

「3階(5、6年生のフロア)と4年生のところは行っちゃだめだった」

「9時55分までって言ってたのに、9時40分までになっちゃったの」

とのこと。


私は娘に、

「何で学校探検したの?」

と聞くと、娘は、

「わかんない」

とだけ答えた。


いったい何のための学校探検なのだろうか?おそらく「毎年やっているから」くらいの目的なのだろう。教師がちゃんとねらいと願いをもっていなければ、子どもの思いを高める仕掛けも何もするはずがない。だから、こんな日に平気で学校探検を位置付ける。こんなことだから、子どもの思いも高まるはずもない。「先生に言われたから何となくやっている」といったところだろう。


学校探検は1年生のためだけではない。2年生にとっても大きな意味がある。

  • 1年生に教えるために、もういちど自分たちの学校のよさに気付くこと
  • 1年生の思いに寄り添うことで、なかなかうまくいかないことに気付くこと
  • 自分たちもこうやって教えてもらったということに気付くこと
  • もっとうまく教えたいという思いを高めること
  • 自分たちも1年生に優しく教えることができるといった、自分の成長に気付くこと
  • これからも、教えた1年生と触れ合いたいというような思いを高めること
  • 「次は何をしたいか」という、自分なりの思いをもつこと

などなど、たくさんの意味を見いだせる。教師は、目の前の子どもの思いを見取り、実態に合わせてねらいと照らし合わせた方向付けを図る必要があるのだ。


目的のない、ただやるだけの生活科は本当にもったいない。生活科でやったことが生活化していくことが大事だ。だから、学校探検が自分たちの学校生活に生きていくようにならないといけないのだ。


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全国学力・学習状況調査

教育 子どもの見取り

今日は、全国学力・学習状況調査の日。

やはり子どもたちにとって、難しいテストだったようだ。


ここで気になったのが、試合放棄(無答提出)してしまう子どもだ。そんな子どもがいる。答えが分からないのもあるが「分からないことに直面したとき、自分がどうすればよいか」ということが分からない。つまり、問題や課題を「自分事」として捉えていないから、向かっていこうとしないのだと思う。


今日の子どもたちの様子を客観的に見て、分からない問題に出合った時、ただ諦めているのとはちょっと違うような気がした。諦める以前に「どうしていいのか分からない」ようである。「前後から判断する」とか「これまで学習したことを片っ端から思い出す」とか、はたまた「勘で答える」とか。自分なりの対処法が何一つないのだ。だから、結果的に諦めることになっている。

まだまだ受け身の学習者なんだろう。


昨年度から1年間を共にして感じているのは、このクラスの子どもたちに力はあるということ。しかし、その力を半分も発揮されていないように思える。課題の解決には、問題に向かう力(心構え?意欲?アンテナ?処理能力?組み立て?)のようなものが前提になっているのではないかと考える。「生きる力」の本質を今更ながら改めて考えた。


この状況では、再度テストをやってみて、解説をしたところで、大きな意味をもたないだろうと思う。でも、振り返りはしたい。振り返り方を工夫して「自分事」にするスイッチを入れないといけないだろう。。。


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